人の振り見て我が振りを直し続けてきた結果、失敗作が生まれた話

人の振り見て我が振り直せ、という言葉がある。

他人の行いを見て、良い行いは真似して、悪い行いは自分もしないように気を付けようという意味の言葉で、僕はこの言葉が正しいと信じ、一つの信条として実践できるよう意識して生きてきた。

しかし、この生き方は本当に正しかったんだろうか?

正しいと信じてきた結果、待っていたのはひたすら悩み続ける日々。周りの深く考えずに生活しているように見える人の方が、自分の数百倍幸せそうに見えた。

いつの間に、こんなにも辛い人生になったんだろう?

そんな疑問を抱きながらどうせ悩むしかない毎日なので、自分がこうなってしまった原因について少し悩んでみることにした。

 

人の振り見て我が振りを直し続けられる人間だったのか

他人の良い所を見つければ、自分もそうできるように努める。悪い所を見つければ自分はそうならないように努める。そうして、人の振りを見て我が振りを直そうと今まで努力し続けてきた。

ただ、これって努力次第でどうにかできるものだったんだろうか?

決断力があってどんどん話を進められる人、良いなと思った、自分もそうなれるよう努力しようと思った。慎重でゆっくり、しかし確実な決断ができる人、良いなと思った、自分もそうなれるよう努力しようと思った。

両立できるか?無理だろ。

これはほんの一例で、その他にも一人の人間ではすべて熟すことができない「良い所」なんて山ほどある。もしかしたらできる人がいるのかもしれないが、僕にとってこれらは、努力だけではどうにもならないものだった。

自分のキャパを超えて努力しようとし続ければ、毎日が辛くなるのは当たり前だ。

 

結果、自分がなくなった

そんなこんなで、他人の良い所を全て真似しようとしてきた。あれもこれも、少しでもこの人のここが良いなと思ったら、その人を見習って自分もそうなろうとしてきた。

結果、自分がなくなった。

他人の良い所と、悪い所の裏返し、その継ぎ接ぎ。これが僕だと胸を張って言える部分なんてどこにもない。

人付き合いの仕方だけでなく、趣味や特技まで、全て人を真似て自分に付け足してきた。

ブログを書ける人は凄いなと思ったからこそブログを書き続けてきたし、対戦が強い人は格好良いなと思ったからこそ対戦を続けてきたし、絵が描ける人は良いなと思ったからこそ絵を描き続けてきた。結果は全て中途半端。

これが僕の個性だ、と言えばそうなのかもしれないが、自分が心の底から誇れるものなんて僕は一つも持っていない。

他人の素晴らしい所をいくら掻き集めても、素晴らしい人間にはなれなかった。

 

醜悪で臆病な性格に

人の振りを見るということは、人の行動を見て善悪を判断し、自分の模範とすべき行動かどうかを見定める、ということだ。

そうこうしている内に、他人を勝手に評価し、自分と比較し続ける醜悪な性格になっていた。

また、人の振りを見て我が振りを直した結果、人に見られてどう思われる行動なのかを常に考え、良く思われる行動を続け、悪く思われる行動を徹底的に避けるようになった。

気付けば、他人の目を過度に気にする、臆病な性格になっていた。

良くなるようにと努力してきたはずなのに、こんな失敗作が出来上がってしまっては流石に笑えない。

 

何を間違えたのか

人の振りを見て我が振りを直すのが悪いことだとは思わない。傍若無人な人には耳にたこができるくらい聞かせ続けた方が良い。

ただ、僕が気にし続けるべき言葉じゃなかった。

全ての良いことを取り込んで、全ての悪い所を改善するよう努力したのがいけなかった。

完璧になれないことを理解しながら、完璧にできるだけ近付こうと努力したのがいけなかった。

良い所を沢山持っている人はいれど、今まで会ってきた人間の中で完璧な人間なんて只の一人も存在しない。僕が目指していたのは、きっと人間じゃなかった。

それで真っ当な人間が出来上がるはずがない。

 

今後

この問答で、これまでの人生の全てを否定してしまったように思える

若気の至りはここまでで、ここからはもっと現実を見て生きなければならない、そういうことなんだろう。

完璧でも継ぎ接ぎでもない、そのままの自分の弱さを認めて、許してあげられる日は僕には来るのだろうか…